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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)100号 判決 1998年1月14日

東京都港区新橋1丁目16番4号

原告

エスエムシー株式会社

代表者代表取締役

高田芳行

訴訟代理人弁理士

千葉剛宏

佐藤辰彦

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

前川幸彦

小川宗一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成6年審判第13121号事件について、平成9年3月19日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成4年5月19日、意匠に係る物品を「流体圧シリンダー」(以下「本件物品」という。)とし、その形態を別添審決書写し別紙第一記載のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)について意匠登録出願をした(意願平4-14491号)が、平成6年6月22日に拒絶査定を受けたので、同年8月3日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成6年審判第13121号事件として審理したうえ、平成9年3月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月7日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願意匠は、その出願日前である平成2年9月1日発行の株式会社日刊工業新聞社「新製品情報8-9」の表紙(以下「引用例」という。)に記載されたシリンダーの意匠(特許庁意匠課公知資料番号第HA02023340号)であって、形態を別添審決書写し別紙第二記載のとおりとする意匠(以下「引用意匠」という。)と、意匠に係る物品が同種であって、形態についても類似しているものであるから、意匠法3条1項3号に該当し、意匠登録を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由のうち、本願意匠の意匠に係る物品を流体圧シリンダーと、引用意匠の意匠に係る物品をシリンダーと認定したことは、認める。

審決は、本願意匠と引用意匠との共通点を誤認するとともに差異点を看過し(取消事由1)、類否判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(共通点の誤認・差異点の看過)

審決は、本願意匠と引用意匠との対比において、「両意匠は、全体の基本形状を略立方体状とし、・・・平面、底面、及び左右側面図で構成される周側面は、その各稜線部を各々面取り状に形成し・・態様において共通する」(審決書2頁19行~3頁11行)と共通点を認定するが、誤りである。

まず、本願意匠の基本形状は、別添審決書写し別紙第一の記載から明らかなように、略直方体であって略立方体ではなく、基本形状が略立方体の引用意匠とは相違する。

また、本願意匠の周側面の各稜線部に形成された面取り部は、正面図及び背面図の方向から視認すると、その形状がわずかに湾曲した曲線状に形成されており、同部分が直線である引用意匠とは相違する。

さらに、引用意匠については、引用例は斜視的な写真のコピーであって立体的には視認できるが、その背面、底面、左側面がいかなる形状であるのか不明であるから、本願意匠と共通とはいえない。

審決は、以上の共通点を誤認して差異点を看過するだけでなく、本願意匠が、左右側面の2本の平行な溝間の幅狭な中心部が他の両側の平面部と比較して窪んで形成されている点と、全体として円形を基調とする美感を生ずる形態である点を看過している。

2  取消事由2(類否判断の誤り)

(1)  審決は、本願意匠と引用意匠との類否判断において、「この種物品においては、シリンダー全体の形状及び正面側の態様が、意匠全体のまとまりを形成し看者の注意を惹くところと認められ、類否判断を左右するところである。」(審決書4頁8~11行)とするが、本願意匠の要部は、シリンダーの全体形状であり、正面側の態様のみを殊更選択するのは誤りである。

なぜなら、シリンダーの購買者は、実際上、シリンダーの現品又はサンプル等を自分の手にとった後、該シリンダーの全体形状に係るデザイン、性能等を考慮した上で購入するか否かを決定しているのが通常であるし、また、本件物品の性質上、比較的小型かつ軽量であるため、購買者が物品を直接かつ子細に観察することが可能であり、その全体形状を間近に視認することができるから、意匠の要部が、背面、4側面あるいは底面に存在することは十分ありうることなのである。

(2)  また、審決が、本願意匠と引用意匠の凹状溝について、「この凹状溝は、オートスイッチを取り付けるためのものであり、・・・両意匠とも凹状溝の底部を表面の溝幅より大きい空間に形成していることにより、オートスイッチが容易に抜は出ないような構造になっている態様が共通し、さらに溝の底部の大きさにも両意匠にはそれほどの差異が認められない」(審決書5頁7~16行)と認定したことも、誤りである。

なぜなら、オートスイッチ(磁気検出装置)は、通常、2個のシリンダーの1側面の溝部に装入されるものであり、残余の溝部には装着されないし、シリンダーを購入した者が、その使用目的、使用場所、使用状況に応じて、凹状溝にオートスイッチを装着しないでこの種シリンダーを使用することも可能であるから、溝部はそのまま1つのまとまったデザインとして視認されるものである。審決の上記認定は、オートスイッチの抜け止め防止という凹状溝の機能面にのみ着目したものであるが、意匠の類否判断は、機能面ではなく、該凹状溝から受ける美的印象に基づいて行われるべきである。また、本願意匠と引用意匠とは、寸法が示されるものではないから、溝幅等の割合により対比するならばまだしも、「溝の底部の大きさ」を直接対比すべきものではない。

そもそも、シリンダーの機能は、ピストンを往復動作させることによりピストンロッドを介して直線運動を他の物体に伝達することにあり、この機能に基づいてシリンダーの形状が限定されることから、該シリンダーに対して意匠的な創作性を付与する部分が他の物品と比較して制限されるという事情があり、しかも、ピストンロッドが突出する正面側の方向から本願意匠と引用意匠を比較すると、シリンダー本体の3側面に形成された凹状溝の断面形状が、視認可能な状態となることを考慮すると、その凹状溝の断面形状の差異は、一般購買者に注視されて購入の際の重要な判断基準となるものといえる。そして、本願意匠の凹状溝は、断面略円形状に形成されることによって、取付用の円穴、緩やかな面取り部と併せて、全体を円で統一しようとして創作されたものであり、円状溝のみを抽出して引用意匠と対比できるものではなく、両意匠の差異は、溝の有無及びその本数で決定されるべきものでもないのである。

被告は、両意匠における凹状溝の断面形状の差異を明確に認定しながら、その凹状溝の形状が創作性がないことを理由に、「2本の平行な凹状溝を設けた態様に埋没する」と主張するが、これは、意匠の類否判断と創作性の有無を混同したものといえる。

したがって、審決が、「凹状溝の断面形状における両意匠の差異は、この断面形状のみを注視すればともかく、この凹状溝を意匠全体としてみると、両意匠とも周側面に底部を表面の溝幅より大きな空間に形成した2本の平行な凹状溝を設けた態様に埋没するものと言わざるを得ない。」(審決書5頁16行~6頁1行)と判断したことも、誤りである。

(3)  さらに、審決が、凹状溝の溝幅の差異について、「全体としてみると視覚的には周側面に比較的細い溝が2本ずつ設けられている両意匠の共通した態様に吸収される程度の軽微な差異にすぎず、類否判断に影響を与えるものと認められない。」(審決書6頁4~8行)と認定したことも、誤りである。

なぜなら、上記共通した態様の認定は、凹状溝を周側面の方向から見たものであるが、これは、意匠の要部が「シリンダー全体の形状及び正面側の態様」(審決書4頁9行)とする認定と矛盾するものである。しかも、本願意匠と引用意匠の凹状溝を、ピストンロッドが進退動作する正面側及び背面側の方向から比較すると、その表面及び底部の溝幅の差異は、軽微なものではなく、意匠の類否判断に影響を及ぼすものといえる。

(4)  本願意匠では、ピストンロッドが突出する正面側と反対の背面側が大きな円環凹部とされ、その中央部が同芯的に膨出形成されているのに対し、引用意匠では、前示のとおり、その背面部の形状が明らかでないが、この背面部の態様の差異は、意匠の類否判断に影響を及ぼすものといえる。

(5)  以上のとおり、本願意匠は、断面略円形状に形成された凹状溝と、取付用の円穴、緩やかな面取り部によって構成され、ほぼ丸形状を基調として全体を統一的に創作されたものであるのに対し、引用意匠は、四隅角部に穿孔された断面円形状の4つの取付用円穴を有し、隣接する取付用円穴との間には断面矩形状の凹状溝が配設されており、しかも、ピストンロッドが突出する正面側からみると、面取り部が直線状に形成されているため、丸形状、角形状、直線状と統一がとれておらずバランスを欠いており、両意匠は、看者及び一般購入者に対して異なる美的印象を与えるものである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

審決は、本願意匠と引用意匠の基本形状について、「両意匠は、全体の基本形状を略立方体状とし」(審決書2頁19~20行)と述べつつ、差異点の(5)において、「シリンダーの全体形状について、本願意匠は、引用意匠と比較してやや奥行きが長い点に差異が認められる。」(審決書4頁4~6行)と述べているように、本願意匠は、具体的には、略立方体の奥行きをやや長くしたもの、すなわち、略直方体と認識して差異点として認定しており、誤りはない。なお、両意匠とも、幾何学的には直方体状というのが正しいが、意匠の類否判断を前提とした基本形状の認定においては、意匠の骨格を大づかみにすることが目的であるから、幾何学的な厳密な認定は基本形状の認定としてはふさわしくなく、それは具体的態様の認定に譲るべきであって、両意匠の基本形状としては「略立方体状」と認定するのが妥当である。

また、本願意匠の周側面の各稜線部に形成された面取り部の認定について、面取りの「面」とは平面に限定されるものではなく、「面を取る」の意味は、「稜角の部分を少し平らに削ったり丸みをつけたりする」ことであるから、審決が両意匠の共通点として、「各稜線部を各々面取り状に形成し」(審決書3頁3行)と認定したことに、誤りはない。

そして、本願意匠の面取り部の面は、願書の添付図面の同部に定規を当ててみなければ視認できないほどの極めてわずかな曲面であるから、両意匠の類否判断に到底影響を及ぼすものではなく、差異点として採り上げるまでもないことである。

同様に、本願意匠の左右側面の2本の平行な溝間の幅狭な中心部に形成された窪みについても、添付図面の同部に定規を当ててみなければ視認できないほどの極めてわずかな窪み(段差)であるから、差異点として採り上げるまでもないことである。なお、本願意匠が、全体として円形を基調とする美感を生ずる形態である旨の主張についての反論は、後述する。

他方、引用意匠において、正面及び右側面形状が明らかであるから、この種物品形態の一般常識からして、底面と左側面については、右側面の形状と同一であると推定できるものである。また、審決において、引用意匠の背面側について言及せず、差異点としても採り上げていないのは、引用意匠の背面側の態様が不明であっても、その余の部分の態様の認定、検討によって十分類否判断ができると考えたからである。

したがって、審決における共通点の認定(審決書2頁19行~3頁11行)に、誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  本願意匠と引用意匠の要部が、シリンダー全体の形状にあることは当然として、その全体の中で各部を比較すれば、正面側の態様の比重が他の各部よりとりわけ高いし、本件物品を他の機器に組み込んで使用する際の、他の連結部材と連結するピストンロッドが進退動作する側である正面側の比重を高く考えることは、この種物品において極めて自然なことである。

したがって、両意匠の要部を、全体の形状と、他の各部と比較して比重が高い正面側と認定したことは正当であって、この点に関する審決の認定(審決書4頁8~11行)に、誤りはない。

(2)  本願意匠の凹状溝における円形状の断面形状の創作は、円形のオートスイッチと対応させるために円形状の断面形状としたのであって、オートスイッチが容易に抜け出ない構造とする上での必然的形態である、凹状溝の底部を表面の溝幅より大きい空間とするところの一般的創作思考内における若干の改変にすぎないといえる。また、本願意匠と引用意匠との絶対的大きさ(寸法)が問題となるものではないことは当然であり、審決の「溝の底部の大きさ」とは、他部との比較における溝の底部の割合の大きさについて述べたものである。

したがって、この点に関する審決の認定(審決書5頁7~16行)に、誤りはない。

また、意匠の全体的観察については、両意匠の各部における共通点及び差異点に係る類否判断上の評価において、ある一方向のみからの観察による評価ではなく、最終的に意匠全体に戻って観察し評価することは、当然の手法である。そして、審決では、両意匠の差異点として、「凹状溝の断面形状について、本願意匠は、凹状溝の底部を表面の溝幅よりやや径の大きい円形状に形成しているのに対して、引用意匠は、凹状溝の底部を表面の溝幅よりやや広い矩形状に形成している」(審決書3頁11~15行)と、明確に差異点として認定し、その上で、全体観察(立体的観察)に戻って、周側面からの観察も加味して、この差異の類否判断上の評価を「2本の平行な凹状溝を設けた態様に埋没するものと言わざるを得ない。」(審決書5頁20行~6頁1行)と判断したものであり、この判断に誤りはない。

(3)  また、審決は、凹状溝をシリンダーの周側面のみから見ているのではなく、凹状溝の断面形状の差異を認識しつつ、凹状溝表面の溝幅の差異について、全体観察に基づいて評価、判断しているのであり、両意匠の要部認定(審決書4頁9行)と矛盾するものではない。

したがって、この点に関する審決の認定(審決書6頁4~8行)に、誤りはない。

(4)  審決において、引用意匠の背面側について言及していないのは、前示のとおり、その余の部分の態様の認定、検討によって十分類否判断ができると考えたからである。そして、この種の形式の意匠においては、原告会社発行の「薄型シリンダ」のカタログ(乙第1号証)にも示されるとおり、その背面部の態様は、本願意匠のような浅い円形凹陥部を有する面とするか、あるいは、平坦面とするかのいずれかが普通に行われているところであるから、引用意匠の背面部の態様が仮に平坦面であるとしても、それは意匠全体からすれば微弱な差異であって、意匠の類否判断を左右するものではない。

(5)  審決においては、原告の主張のように、本願意匠と引用意匠との美的印象を、直接、認定、判断していないが、それは、主観的な美的印象の認定、判断に頼るのではなく、両意匠の形態を客観的に認定し、共通点、差異点の軽重を評価して類否判断を行う態度を採っているからであり、それで本件両意匠の類否を決定するに十分といえるものである。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(共通点の誤認・差異点の看過)について

審決の理由中、本願意匠の意匠に係る物品を流体庄シリンダーと、引用意匠の意匠に係る物品をシリンダーと認定したことは、当事者間に争いがなく、このことによれば、本願意匠と引用意匠は、同種の物品に関するものと認められ、この点に関する審決の判断(審決書2頁14~16行)は正当である。

ところで、引用意匠の基本形状が、略立方体であることは、当事者間に争いがなく、また、別添審決書写し別紙第一及び第二の記載によれば、本願意匠の正面図における高さとピストンロッドの進退方向における奥行きの比率は、約1:1.3であり、引用意匠におけるその比率は、約1:1.1であると認められるから、両意匠の基本的な形状を概括的に把握すれば、いずれも略立方体ということができる。しかも、審決は、本願意匠と引用意匠の差異点として、「シリンダーの全体形状について、本願意匠は、引用意匠と比較してやや奥行きが長い点に差異が認められる。」(審決書4頁4~6行)と述べ、本願意匠が引用意匠に対し略立方体の奥行きをやや長くしたものと認定しているわけであるから、この点に関する審決の認定に誤りはないものといわなければならない。

また、審決が両意匠の共通点として、「各稜線部を各々面取り状に形成し」(審決書3頁3行)と認定したことにつき、原告は差異点の看過をいうが、面取りの「面」とは完全な平面又は直線状に限定されるものではなく、両意匠の各稜線部が角部を切除した面取り状であることは明らかであるから、審決がこれを「面取り状」と認定したことに誤りはなく、しかも、本願意匠の面取り部の面は、正面図及び背面図の同部分に定規を当ててみなければ認識できないほどの極めてわずかな曲面であり、看者がそのことに注意して観察してみて初めてわかる程度のものであるから、両意匠の類否判断に影響を及ぼすものとは認められず、差異点として採り上げるまでもないといわなければならないから、この点につき、審決に差異点の看過はない。

原告は、本願意匠において、左右側面の2本の平行な溝間の幅狭な中心部が他の両側の平面部と比較して窪んで形成されており、審決はこの差異点を看過している旨主張するが、この窪み(段差)についても、前示と全く同様に、正面図及び背面図の同部分に定規を当ててみなければ認識できないほどの極めてわずかなものであり、看者がそのことに注意して観察して初めてわかる程度であるから、両意匠の類否判断に影響を及ぼすものでなく、差異点として採り上げるまでもない。原告の主張は採用できない。

さらに、原告は、本願意匠が全体として円形を基調とする美感を生ずる形態である点を審決は看過していると主張するが、意匠の類否判断においては、まず対比される両意匠の共通点及び差異点を客観的に認定すべきであり、その客観的認定に基づいた上で、看者が受ける美的印象も含めてその類否判断を行うべきものといえるから、審決が両意匠の共通点及び差異点の客観的認定において美感の相違を問題としなかったことは当然であり、原告の主張は採用できない。

一方、引用意匠については、引用例がシリンダーを正面斜め右上方から斜視的に撮影した写真であることにより、その正面、平面、右側面の形状は略立方体の3面として視認できるが、その背面、底面、左側面の形状は直接には視認できない。しかし、別添審決書写し別紙第二の記載によれば、引用例の正面部における凹状溝の断面形状からみて、左側面と底面にも右側面と同様に2本の凹状溝が形成されているものと認められるし、この種物品の形態における一般的な技術常識からして、凹状溝の形成された左側面及び底面の形状が、右側面の形状と異なるものとは考えられないから、審決において、この点を本願意匠との差異点として認定しなかったことに誤りはない。ただし、引用意匠の背面側の態様は不明であるから、その点は差異点として認定すべきものといわなければならない。

以上のとおり、引用意匠の背面側の態様の認定を除き、審決の共通点及び差異点に関する認定(審決書2頁19行~4頁6行)に、誤りはない。

2  取消事由2(類否判断の誤り)について

(1)  本願意匠と引用意匠の要部が、シリンダー全体の形状にあることは、当事者間に争いがない。また、シリンダーの正面側においては、本件物品を他の機器に組み込んで使用する際に他の連結部材と連結するピストンロッドが突出し、凹状溝の断面形状や取付用の円穴、面取り部などが形成されるのに対し、4側面(底面を含む。)は、平面かあるいは平行な凹状溝が数本形成されるだけであり、背面では、ピストンロッドが突出するものではないから、シリンダー全体の中で各部を比較すれば、看者及び一般取引者が、正面側の態様の比重を特に高く考えることは、極めて自然なことといわなければならない。

したがって、審決が、「この種物品においては、シリンダー全体の形状及び正面側の態様が、意匠全体のまとまりを形成し看者の注意を惹くところと認められ、類否判断を左右するところである。」(審決書4頁8~11行)と判断したことに、誤りはない。

(2)  両意匠の差異点が、「凹状溝の断面形状について、本願意匠は、凹状溝の底部を表面の溝幅よりやや径の大きい円形状に形成しているのに対して、引用意匠は、凹状溝の底部を表面の溝幅よりやや広い矩形状に形成している点」(審決書3頁11~15行)であることは、当事者間に争いがない。

シリンダーの側面に形成された凹状溝は、オートスイッチを装入して装着するためのものであるから、オートスイッチが容易に抜け出ない構造とする必要があるところ、本願意匠では溝の内部を円形状とし、引用意匠では溝の内部を矩形状とすることにより、いずれも抜け出し防止のため表面の溝幅より若干大きい横幅の空間を形成したものであり、周側面全体に対する、凹状溝の表面の溝幅及び底部(中空部)の溝幅の割合も大差がないものと認められる。そして、両意匠において、凹状溝自体がいずれも2本形成されている(引用意匠の上面を除く。)ことや、凹状溝の断面形状を側面側から識別することが困難であることなども考慮すれば、正面側における、突出したピストンロッド、取付用の円穴、面取り部という共通した形態の中で、凹状溝の断面形状の差異は、意匠全体のうちにおいて特に看者の注意を惹くところとまでいうことはできず、意匠全体に与える影響は微弱なものといわなければならない。

したがって、審決が、「この凹状溝は、オートスイッチを取り付けるためのものであり、この断面形状については本願出願前にいくつかの態様の存在が認められることから、創作に当たってこの断面形状の態様に関心を持つところと想定されるが、両意匠とも凹状溝の底部を表面の溝幅より大きい空間に形成していることにより、オートスイッチが容易に抜け出ないような構造になっている態様が共通し、さらに溝の底部の大きさにも両意匠にはそれほどの差異が認められないから、凹状溝の断面形状における両意匠の差異は、この断面形状のみを注視すればともかく、この凹状溝を意匠全体としてみると、両意匠とも周側面に底部を表面の溝幅より大きな空間に形成した2本の平行な凹状溝を設けた態様に埋没するものと言わざるを得ない。」(審決書5頁7行~6頁1行)と判断したことに、誤りはない。

(3)  また、「凹状溝表面の溝幅について、本願意匠は、全体幅の略13分の1であるのに対して、引用意匠は、略8分の1である点」(審決書3頁16~18行)で相違することは、当事者間に争いがない。

そして、凹状溝をシリンダーの周側面から見た場合、比較的細い2本の平行の溝が強調されて、看者の注意を強く惹くところであり、共通した美観を与えるものというべきであるが、表面の溝幅の差異は、そのような強い印象を与えるものではなく、正面側から見た場合も、前示のとおり、凹状溝の表面の溝幅や底部(中空部)の溝幅の周側面全体に対する割合の相違は、看者の注意を惹くものではないから、結局、その差異が意匠全体に与える影響は微弱なものといわなければならない。

したがって、審決が、「凹状溝表面の溝幅の差異については、前記のとおり全体幅に対して本願意匠は引用意匠の10分の6程度で狭いものの、これを全体としてみると視覚的には周側面に比較的細い溝が2本ずつ設けられている両意匠の共通した態様に吸収される程度の軽微な差異にすぎず、類否判断に影響を与えるものと認められない。」(審決書6頁2~8行)と判断したことに、誤りはない。

(4)  前示のとおり、引用意匠の背面側の態様は不明であるから、審決において、その点を本願意匠との差異点として認定していないのは、誤りといわなければならない。

しかし、原告会社発行の「薄型シリンダ」のカタログ(乙第1号証)にも示されるとおり、ピストンロッドが背面部でも突出するような形態のシリンダーでない場合には、その背面部の態様は、本願意匠のように円形の浅い凹陥部を有する面か、あるいは、平坦面かのいずれかが通常の形態であると認められるところ、引用意匠が背面部でピストンロッドを大きく突出するものでないことは明らかであるから、背面部の態様が円形の浅い凹陥部を有する場合には、本願意匠と極めて類似するものであり、仮に背面部が平坦面であるとしても、それは意匠全体からすればそれほど大きな差異とは認められず、両意匠の共通点を凌駕して意匠全体の類否判断を左右するものとは考えられない。

したがって、上記の点を差異点として認定せずその類否判断を行っていない審決は、結論として誤りではないものといえる。

(5)  以上の他、審決における本願意匠と引用意匠との差異点に関する判断(審決書6頁9行~7頁17行)は、いずれも正当であり、これらの差異点が意匠全体に与える影響は微弱なものであって、両意匠の共通した態様を凌駕するものとはいえないから、両意匠は形態としても類似するものであり、この点に関する審決の判断(審決書7頁18行~8頁3行)に、誤りはない。

原告は、本願意匠がほぼ丸形状を基調として全体を統一的に創作したものであるのに対し、引用意匠は、丸形状、角形状、直線状と統一がとれておらずバランスを欠いており、両意匠は、看者に異なる美的印象を与えると主張するが、前示の認定事実に照らして、本願意匠が特に丸形状を基調としたものと認められないことは明らかであるから、原告の主張はその前提を欠き、これを採用する余地はない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成6年審判第13121号

審決

東京都港区新橋1丁目16番4号

請求人 エスエムシー株式会社

東京都渋谷区代々木2丁目1番1号新宿マインズタワー16階桐朋国際特許事務所

代理人弁理士 千葉剛宏

平成4年意匠登録願第14491号「流体圧シリンダー」拒絶査定に対する審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1 本願は、平成4年5月19日の出願であって、その意匠は、願書の記載及び願書に添付した図面によれば、意匠に係る物品は「流体圧シリンダー」であり、その形態は別紙第一示すとおりである。

2 これに対して、原審で拒絶の理由として引用した意匠は、株式会社日刊工業新聞社発行の「新製品情報8-9」の平成2年9月1日号の表紙に記載されたシリンダーの意匠(特許庁意匠課公知資料番号第HA02023340号)であって、同刊行物の記載によれば、意匠に係る物品が、「シリンダー」であり、その形態は別紙第二に示すとおりである。

3 本願意匠と引用意匠を比較するに、両意匠は、意匠に係る物品が共に制御用のシリンダーに係るものであり同種の物品と認められ、その形態については、次のとおりの共通点と差異点が認められる。

すなわち、両意匠は、全体の基本形状を略立方体状とし、ピストンロッドが突出する方を正面側とした場合、その正面形状を略正方形状とし、平面、底面、及び左右側面図で構成される周側面は、その各稜線部を各々面取り状に形成し、周側面のうちの3つの面の中央寄りに正面側から背面側にかけて平行する2本の凹状溝を設け、ピストンロッドは、正面から僅かに突出する短略円柱状として正面中央部に設け、シリンダー正面のピストンロッドの回りを大きな円形の浅い凹陥面とし、正面の4隅寄りに取付用の円穴を形成し、平面側に小さな円形状の配管ポートを2個設けた態様において共通するものであり、他方、(1)凹状溝の断面形状について、本願意匠は、凹状溝の底部を表面の溝幅よりやや径の大きい円形状に形成しているのに対して、引用意匠は、凹状溝の底部を表面の溝幅よりやや広い矩形状に形成している点、(2)凹状溝表面の溝幅について、本願意匠は、全体幅の略13分の1であるのに対して、引用意匠は、略8分の1である点、(3)2本の凹状溝間の平坦面の幅について、本願意匠は、全体幅の略5分の1であるのに対して、引用意匠は、略8分の1である点、(4)凹状溝の配設面について、本願意匠は、4側面に設けているのに対して、引用意匠は、配管ポートの面を除いた3側面に設けている点、及び(5)シリンダーの全体形状について、本願意匠は、引用意匠と比較してやや奥行きが長い点に差異が認められる。

4 そこで、両意匠の共通点と差異点を総合し意匠全体として考察すると、この種物品においては、シリンダー全体の形状及び正面側の態様が、意匠全体のまとまりを形成し看者の注意を惹くところと認められ、類否判断を左右するところである。この態様において両意匠は、全体の基本形状を略立方体状としたものであって、ピストンロッドが突出する正面形状を略正方形状とし、平面、底面、及び左右側面図で構成される周側面は、その各稜線部を各々面取り状に形成し、周側面の中央寄りに正面側から背面側にかけて平行する2本の凹状溝を設け、ピストンロッドは、正面から僅かに突出する短略円柱状として正面中央部に設け、シリンダー正面のピストンロッドの回りを大きな円形の浅い凹陥面とし、正面の4隅寄りに取付用の円穴を形成し、平面側に小さな円形状の配管ポートを2個設けた態様は、両意匠の形態上の特徴を表出したところであって、類否判断を左右する態様に係るものと認められる。

これに対して、(1)凹状溝の断面形状における差異は、この凹状溝は、オートスイッチを取り付けるためのものであり、この断面形状については本願出願前にいくつかの態様の存在が認められることから、創作に当たってこの断面形状の態様に関心を持つところと想定されるが、両意匠とも凹状溝の底部を表面の溝幅より大きい空間に形成していることにより、オートスイッチが容易に抜け出ないような構造になっている態様が共通し、さらに溝の底部の大きさもに両意匠にはそれほどの差異が認められないから、凹状溝の断面形状における両意匠の差異は、この断面形状のみを注視すればともかく、この凹状溝を意匠全体としてみると、両意匠とも周側面に底部を表面の溝幅より大きな空間に形成した2本の平行な凹状溝を設けた態様に埋没するものと言わざるを得ない。

(2)凹状溝表面の溝幅の差異については、前記のとおり全体幅に対して本願意匠は引用意匠の10分の6程度で狭いものの、これを全体としてみると視覚的には周側面に比較的細い溝が2本ずつ設けられている両意匠の共通した態様に吸収される程度の軽微な差異にすぎず、類否判断に影響を与えるものと認められない。

(3)2本の凹状溝間の平坦面の幅の差異について、この種物品は使用の対象物に適したサイズのものをバリエーションとして品揃えすることは一般的であり、その際チューブの大きさが大きくなればそれに合わせるように凹状溝間の平坦面の幅を広くすることも、普通に行われていることであるから、この点に格別意匠的効果があるものと認められず、また本願意匠の態様も一般的なものであるから、この差異は、軽微なものにすぎず類否判断を左右するものと言うことはできない。

(4)凹状溝の配設面の差異については、この種物品は使用の対象物に適したサイズのものをバリエーションとして品揃えすることは一般的であることは前記したとおりであり、その際チューブの大きさによって、凹状溝を4側面ともに設けるものと、3面のみに設けるものとがあることは一般的に知られているところであるから、この点に格別創作がなく看者も注意を惹かないものと言うほかなく、この差異は、後弱なものであり、類否判断に与える影響はないものと言うべきである。

(5)シリンダーの全体形状の差異について、この種物品においては、シリンダーの全体形状も、正面側を正方形状としその奥行きをストローク範囲の長短により、長さを変えることは一般的に行われていることであり、本願意匠の奥行きの長さも引用意匠に比べてやや長い程度にすぎず、この程度の比率の差異が視覚的に与える影響は微弱なものであり、類否判断を左右するほどのものとは認められない。

5 そうして、これらの差異点を総合しその相まった効果を勘案しても、両意匠の共通した態様を凌駕するものとは認められず、本願意匠は、引用意匠と意匠に係る物品が同種であり、形態についても前述したとおり類似しているものであるから、意匠全体として類似するものと言うほかない。。

したがって、本願意匠は、意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠に該当し、意匠登録を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年3月19日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

別紙第一 本願の意匠

意匠に係る物品液体圧シリンダー

説明 左側面図は右側面図と対称につき省略する。

<省略>

別紙第二 引用の意匠

<省略>

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